山下 泉 社長

地方銀行員から脱サラビル450棟を企画

山下 生まれ育った地元広島で、不動産業を営んでいます。

亀岡 広島は私もゆかりのある土地です。新聞記者としての第一歩を踏み出したのが広島でした。当時は昭和20年、原爆が落ちた数カ月後で、建物も何もない状態でした。至る所に散らばっているがれきをかき分けながら取材をして回りました。

山下 一体が焼け野原になりました。しかし、その後の復興が早かったのは、当時の不動産会社がしっかりしていたからでしょう。

亀岡 現在はどのような事業をしているのですか。

山下 創業以来、広島の地域に密着した事業経営を心がけています。現在は広島市内の中心部で賃貸マンションや商業ビル、店舗などの設計や管理を手掛けています。また、土地の有効活用についてのコンサルティング事業にも力を入れています。土地調査から活用形態の提案、金融機関の選定まで行っています。

亀岡 私が亀岡大郎取材班を立ち上げたのが昭和49年でした。当時の賃貸管理業はまだまだ地位が低く、クレーム産業だといわれていた時代でした。昭和48年となると、不動産業の中では老舗ですね。

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山下 それまで勤めていた地元のもみじ銀行を退行して、当社を立ち上げました。建設会社や設計事務所から依頼を受けて賃貸ビルの管理をしていましたが、テナントとのニーズが合わず、使い勝手の悪いビルが目立っていました。このままでは経営が立ち行かないと判断し、開業5年ほどで方向転換。銀行時代の財務経験を生かし、建築の勉強をして、ビル建築の企画や賃貸管理を軌道に乗せました。

亀岡 ビルを含めた管理戸数はどれぐらいですか

山下 住宅の管理が7000戸、ビルが約450棟になります。商業ビルや貸し店舗のシェアは広島市内で約6割を占めています。最近は広島カープの人気が高まっており、応援グッズの倉庫の管理や、試合を盛り上げるカープ女子のための寮の企画も行っています。広島ならではの取り組みですね。

亀岡 広島県で7000戸管理というとたいしたものですね。

山下 有償管理はその中で3000戸ほどです。約30年前、地元の不動産会社を集めて管理を委託業務としてオーナーから手数料をもらうように呼びかけましたが「そんなことをすれば管理をやめさせられる」という反対意見が多く出ました。結局当社だけで管理委託料による賃貸管理を始めました。その甲斐もあって、現在年間の手数料での売上は約5億円です。

亀岡 賃貸管理業はストックビジネスなので、安定的な収入が見込めます。こういうことにいち早く気付けるというのは、先見の明がありますね。しかし、保守的な広島では管理料を取るのは困難だったでしょう。

山下 広島では「オーナーが一番」という習慣が根強く、貸主もそれが当然という意識です。なので管理業務への関心が低い。家主は管理料を支払っていないにもかかわらず、仲介業者に対して当然のように物件の責任を求めてくる。当初は契約時にいただいた賃料1カ月分の仲介手数料をオーナーのためのサービスや物件のメンテナンスに使い切ってしまうことがしばしばありました。管理費は良い住環境を提供するために必要な費用だとオーナー側に説得させるには本当に骨が折れましたね。

(続きは本紙で)

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