長田 昌也 社長

アパレルから不動産業界へ

亀岡 今年から管理戸数ランキングを発表しているようですが、現在2万9300戸と、約3万戸管理しているそうですね。

長田 管理戸数ランキング関西エリア版のトップテンに入ることもできました。大阪に本社を構え、東京、名古屋、京都に拠点を置いて管理業を行っています。

亀岡 管理戸数が3万戸まで増加した背景にはどんな戦略がありますか。

長田 大手デベロッパー、設計事務所などの提携による、大型の新築マンションの管理受注の増加、また既存のオーナーが新しい物件を所有した際にも依頼を受けたり、オーナーから知人を紹介してもらったりしていることもあり、毎年3000戸ペースで増加させています。

亀岡 しかし、トップは100万戸所有とまだまだ上はいますから他社と差別化を図っていかなければなりませんよ。もともと、ずっと不動産業界で勤務されているのですか。

長田 実は全く畑違いの仕事をしていました。学生時代からファッションに興味を持っていたので、10数年以上アパレルメーカーにいました。婦人のカジュアル服や下着などさまざまな洋服を取り扱っていました。

亀岡 アパレルといえば、現役で記者をやっていたころ、ワコールの塚本幸一氏やワールドの木口衞氏や畑崎廣敏氏などにしばしば京都や大阪で取材したものです。当時の繊維やアパレルは非常に活気があったことを今でも鮮明に覚えています。

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長田 そのような大手には足元にもおよびませんが、事業が軌道に乗りだしたので、独立しました。しかし、バブル崩壊による不景気の波で、うまくいかずアパレル業界を去ることにしました。借金が400万円ほどあり、従業員にも迷惑をかけていたので早くなんとかしなければという思いで不動産会社に転職しました。
亀岡 アパレルと不動産会社とでは、営業スタイルが全く異なるため、戸惑うこともあったのでは。
長田 仲介店舗で勤務していましたが、来られた方に対して対応することは当然ながら行います。しかし営業マンが外に出て営業することはなく、いわゆる「待ちの姿勢」であることに違和感を覚えました。アパレル業界にいたときは飛び込み営業をしていたので、不動産会社のこの姿勢を変えなければならないと感じました。

(続きは本誌で)

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