宮田 直宜 社長【 亀岡大郎のトップ対談 】

人口10万人のまちで管理2400戸

人口10万人のまちに本社を構えるミヤタ不動産(鹿児島県鹿屋市)は、創業9年で管理戸数を8戸から2400戸に増やした。加盟するアパマンショップFC店の中で、賃貸仲介件数や売り上げ部門で全国上位に入っている。「ITを活用した集客と業務効率化によって、管理5000戸を目指す」と語る宮田直宜社長に経営戦略を聞いた。

購入資金がなく鍵庫を手づくり

亀岡 鹿児島から来たそうですね。

宮田 鹿児島県鹿屋市から来ました。鹿屋市は大隅半島に位置する10万4000人ほどのまちです。私は父が経営していた不動産会社の鹿屋支店を引き受け、独立しました。2010年に株式会社化したのが当社になります。

亀岡 父親の会社も賃貸管理をしていたのですか。

宮田 父が経営していたのは、売買が中心の不動産会社です。鹿児島県志布志市に本社があります。

亀岡 志布志市といえば、大阪へ行く『フェリーさんふらわあ』が発着するまちですね。

宮田 そうです。志布志市は私の生まれ故郷になります。

亀岡 売買の会社でなぜ賃貸経営を始めたのですか。

宮田 私は鹿児島の高校を卒業後、福岡市の不動産関連専門学校で勉強し、1996年に三好不動産(福岡市)に入社しました。三好不動産では3年間賃貸営業を経験しました。その後、鹿児島に帰って父の会社に入ったのですが、管理受託でストック収入を増やし、安定した経営基盤をもつ会社をつくり社員を増やしていきたいという思いがありました。

亀岡 三好不動産で修業をしていたのですね。春先に、三好修社長がこの対談に来ましたよ。

宮田 紙面を拝見しました。私が勤めていたのは20年ほど前になります。当時は故三好勉会長もご健在でした。

亀岡 懐かしいですね。本紙を立ち上げる時に、三好勉さんは賃貸管理のノウハウが知られてしまうと心配されていました。私が「周知されてこそ賃貸業界の地位が上がるものだ」と説得すると理解を示し取材に協力的になりました。

宮田 賃貸業界の地位向上ですか。

亀岡 それが本紙の経営理念です。昔は賃貸経営をしている家主の取材をよく断られていました。「家主なんて恥ずかしいから取材を受けたくない」と言われるのです。管理会社なんて言う言葉もなく、周旋屋と呼ばれていた時代の話です。

宮田 鹿屋市でも自主管理をしているオーナーさんが多いので、管理料を払って委託する価値を分かってもらえずに苦労しました。

亀岡 今、管理戸数はどのくらいですか。

宮田 2400戸です。たった8戸から始めて、ここ数年は毎年300戸増をキープしています。かつて大阪の管理会社を訪ねた時に管理物件の鍵を保管する収納庫を見せてもらいました。とても便利だったので購入を検討しましたが、値段が高く諦めるしかありませんでした。ただ、買えないなら自分で作ろうと考え、ホームセンターで木材を買い、鍵の収納庫を作りました。

亀岡 手製の鍵庫ですか。器用なのですね。

宮田 木工が得意なわけではないので、手は血豆だらけでしたよ。今でもくぎを見ると手が痛みます。しかし「収納庫を鍵でいっぱいにするんだ」と自分を奮い立たせてましたね。

(続きは本誌で)

ミヤタ不動産
宮田 直宜 社長

1975年4月21日生まれの鹿児島県志布志市出身。鹿児島市内の高校を卒業後、福岡県の専門学校で不動産を学ぶ。1996年に三好不動産に入社、賃貸営業に従事。1999年に鹿児島県へ戻り、父親が経営する南九州不動産(志布志市)に入社。2008年12月に南九州不動産鹿屋店を引き受け、「南九州不動産」の屋号で独立開業。2010年12月にミヤタ不動産を設立。

ミヤタ不動産
本社所在地 : 鹿児島県鹿屋市寿7丁目9-54
設立 : 2010年
事業内容 : 賃貸仲介・管理、リフォーム、不動産売買仲介、資産運用コンサルティングなど

関連記事