「御社に入社します。よろしくお願いします!」
面接を重ね、自社の魅力や価値観を丁寧に伝えきった末に聞くこの言葉は、採用担当者にとって何よりうれしい瞬間ですよね。しかし、数カ月後に突然の「内定辞退」の連絡を受け、頭を抱えた経験がある方も少なくないはずです。なぜ、あんなに熱意を持って入社を承諾してくれた学生が、心変わりしてしまうのでしょうか。
■「決めたはずなのに不安」という現代の若者のリアル
その答えのヒントは、データに隠されています。前回の記事でも触れた、2026年3月卒の学生約9万人のパーソナリティー調査を振り返ってみましょう。現代の学生の特徴として、「判断力」や「自分を奮い立たせる力」のスコアが全体的に低い傾向にあることがわかっています。
つまりこれは、就職という人生の大きな決断を下した直後から、「本当にこの会社でよかったのだろうか?」「自分はやっていけるのだろうか?」という、正解のない問いに対する不安に強く揺れ動きやすいということです。彼らにとって必要なのは、内定通知だけではありません。周囲の関わりや後押しによって、本人の入社の意思決定を確かなものにしていくプロセスが不可欠なのです。
■書面にはない、見えない約束「心理的契約」
ここで重要になるのが、組織心理学における「心理的契約」という概念です。心理的契約とは、雇用契約書に書かれている給与や労働条件ではなく、「会社は自分を成長させてくれるはずだ」「自分はこの組織に貢献して認められるはずだ」といった、明文化されていない相互の期待や信頼関係のことを指します。内定期間中にこの心理的契約が適切に結ばれていないと、学生は少しの不安や他社からの魅力的なオファーによって、容易に決断を覆してしまいます。
では、どうすれば強固な心理的契約を結べるのでしょうか。それには、内定者を「逃がさないように管理する」のではなく、「彼らが自ら納得し、入社に向けて前向きに準備できるよう支援する」ことが重要です。
■有機的統合理論で「納得感」を育む
心理学の「有機的統合理論」によれば、人は外発的に与えられた役割や業務であっても、その価値を自分の価値観と結びつけられたとき(=統合的調整)に、高く安定したモチベーションを保てるとされています。
だからこそ、「囲い込む」のではなく、学生自身が心から納得のいく「意味付け」ができるようサポートすることが大切なのです。内定期間中に不安に耳を傾け、入社後の挑戦がどう自身の成長につながるかを共に探る。この対話を通じて、「与えられた内定」は本人の内なる「確信」へと変わり、不安を払拭することになるのです。
次回は、『クレーム対応でつまずかせない「事前の期待値調整」』をテーマに、新入社員の入社後の定着率を高めるための方法論についてお話しします。
<プロフィール>
田中 伸明
イー・ファルコン 代表取締役2005年関西学院大学経済学部卒業。12年、グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)。新卒でアフラックに入社、その後グロービスに移り法人営業に従事。12年、i-plug創業メンバーとして取締役就任。22年9月より、100%子会社のイー・ファルコンで現職に。23年、一般社団法人人的資本経営推進協会理事に就任。
(2026年7月20日22面に掲載)





