地場不動産会社への取材や賃貸住宅に関わるデータから各主要都市の賃貸市場を探る。九州で福岡市、北九州市に次いで3番目に人口が多い熊本市内の賃貸需要を探った。
工場新設で転入2000人規模
市内北部・東部に賃貸需要
熊本県の県庁所在地である熊本市。九州のほぼ中央に位置し、観光や農業が盛んな土地だ。熊本城や熊本市役所が所在する中央区をはじめ、西区、北区、東区、南区に分かれている。九州新幹線の駅でもあるJR熊本駅とその一帯の再開発や、隣町に建設中の大規模工場などで新たな賃貸需要が生まれている。
大規模工場建設 工事関係者が急増
ミリーヴ(熊本市)グループで、熊本市を中心に1万630件を賃貸仲介する明和不動産(同)賃貸事業部の山野豊エリアマネージャーは、JR熊本駅前再開発と隣町の工場建設により市内の賃貸住宅に新たな需要が生まれていると話す。
2021年には、熊本駅とその周辺が開発されショッピングモールを含む大型複合施設が竣工。熊本駅周辺への住み替え需要が高まった。再開発により周辺に新築の賃貸住宅の建築も進み、周辺の家賃相場は単身者向け物件を中心に3000円ほど上昇している。
22年4月からは、熊本市の隣の菊陽町に、世界的な大手半導体メーカーTSMC(ティーエスエムシー:台湾)の工場の建設が始まった。24年に稼働開始の予定だ。
現在は工場関係者による賃貸需要が増えているという。
工場の稼働によって、現地採用社員1000人とその家族、関連会社の社員、台湾からTSMCの家族帯同社員が300世帯来日する予定になっており、トータルで2000人を超える大規模な住宅需要が見込まれている。
しかし、菊陽町および近隣市町村は市街化調整区域に指定されているエリアが多く、賃貸住宅の供給が少ない地域だ。そのため、工場まで車で30〜40分ほどの熊本市の北部と東部の需要が今後高まると予想されている。
工場を建設する現段階でも工事事業者からの賃貸需要があり、明和不動産でも賃貸仲介の実績がある。菊陽町近隣の賃貸住宅では単身者、ファミリーともに需要が高くほぼ空室がない状態となっている。
「23年7月に、菊陽町に賃貸・売買・管理の店舗をオープン予定。熊本市内の物件も含め需要を見込んでいる」(山野エリアマネージャー)
一方、今まで安定的に需要のあった、中央区にある熊本大学周辺地域では、リーシングに苦戦する物件も出てきている。新型コロナウイルス下で、学生の地元志向が強まり、他県から熊本大学に通う学生が2割ほど減少していると肌で感じるという。
「20年ごろから、いままで学生向けになっていた築古の単身者向け物件が成約しにくくなった。特に保護者の意向で、家賃よりもセキュリティーを重視する傾向だ。以前は2万〜4万円未満が相場だった学生の家賃は、現在では4万円後半〜5万円に値上がりしている。新築築浅のニーズが特に高い」(山野エリアマネージャー)
豊肥本線ニーズ高 地価も上昇傾向
管理戸数1234戸のニコニコ不動産(同)の山田高大社長は「TSMCの社員のうち、工場近隣は特に単身者の需要が高い。一方で工場関係者のうち台湾からの家族連れには、インターナショナルスクール近辺も需要が高まるといわれ、幅広い地域にニーズがある。市内の地価も上昇している」と話す。
現在、東区にあるインターナショナルスクールが、24年度の開設を目指し、東区内の東部に新校舎を建設する。
9月には、工場関係者からの問い合わせを受けた東海地方にあるマンスリー事業者から、賃貸物件の問い合わせを受けている。
要望があるのは、豊肥本線の沿線を中心としたエリアで、駅から徒歩5〜10分ほどの場所に立地する住戸と駐車場だ。住戸の間取りは単身者・ファミリー問わず、探しているという。
問い合わせ多数 売り物件増加想定
「投資家系オーナーが収益物件を探す動きが高まっている」と話すのは、管理戸数1万7633戸のコスギ不動産(同)資産活用部の元村大士部長だ。
TSMCの工場新設の影響で、22年ごろを境に全国の投資家から土地や賃貸住宅の売り物件などへ問い合わせが来ているという。
熊本市ではもともと出回っている売り物件は少ない。ただ、近頃、既存オーナーが物件を手放すケースが増えてきたという。「今までよりも高値で売却できるため、これから物件を手放すオーナーが増えるのではないかと予想している」(元村部長)
一方、熊本市の繁華街に近い中央区などでは、入居率が90%とコロナ下前と比べ低調。
コロナ下で収入に影響のあった世帯や、テレワークで出社回数が減った世帯を中心に郊外へ引っ越したことが要因だと同社は分析している。
熊本市、移住促進イベントに成果
熊本市の経済観光局産業部経済政策課では、移住促進として公式移住情報サイト「熊本はどう?」の運営と、定期的な移住促進イベントを開催し、成果を上げている。
同サイトは19年度から運営を開始。移住に関するイベントの告知や教育・住居・就職支援など、移住後の生活に必要な情報を掲載する。移住相談窓口「UIJターンサポートデスク」への問い合わせページも設置している。サポートデスクへの相談件数は年間3000件前後で、相談後に移住した転入者は19年度は126人、20年度は73人、21年度は112人となっている。
イベントは、19年に県外から総勢253人を招待し2泊3で移住ツアーおよび地場企業の合同面談会を行った「熊本大内覧会」、22年に熊本市へのUIJターン就職を促進するために、県外大学生を対象とした地場企業へのインターンシップ「くまもと都市圏インターン」などを実施。「熊本大内覧会」では、参加者のうち27人が移住を決めた。
熊本市経済観光局産業部経済政策課の前田剛課長は「熊本市は人手不足が続いている。市の魅力や移住相談窓口の存在を周知していきたい」と話した。
(2022年11月14日6面に掲載)