全国の主要都市における賃貸住宅市場に焦点をあて、市況や商習慣を取材するシリーズ企画。今回は、東京23区内で1位の人口を誇る世田谷区をレポートする。
ファミリー向け、賃料1割高 在宅勤務で部屋数多めに需要
東京都世田谷区は、東京23区で1位の人口を誇る、住宅街として人気のエリアだ。北部に京王線、中央部は小田急線、南部は東急線と3社8路線が走り交通の便が良く、都心への出勤者の住宅需要も多い。自然豊かな地域であることから、ファミリー層の人気も底堅い。在宅勤務で単身者向け物件需要が減り、需給バランスの乱れが顕著であるとの声も上がっている。
学生の成約回復も相場は1万円下落
世田谷区を中心にグループ全体で約1万戸を管理する賃貸専門の三幸(東京都世田谷区)は、学生向け物件の家賃相場が下落傾向にあると話す。
竹内三幸社長は「新型コロナウイルス前と比較し、学生向け物件の家賃相場が1万円程度下がった。以前は6万円台が主流だったが、5万円台の物件を世田谷区全体で多く見かける」と語る。
同エリアの単身者向けの家賃相場は、7万〜8万円台だが、学生向けでは5万〜6万円台となる。
学生向け物件の相場が下がっている理由について、市場在庫があるにもかかわらず供給が減らず、さらに需要が減少していることだとみる。コロナ下で浸透した大学のオンライン授業の影響で、部屋探しを行う学生が減少しているようだ。
同社管理物件において、学生入居者は4割程度を占める。2022年繁忙期の1〜3月において、部屋探しを行う学生の成約件数は21年同期比で20%回復したという。
竹内社長は「回復傾向といっても、コロナ下以前の水準を100%としたとき、70%程度に戻ってきた印象。今後完全に回復するとは期待できない」と冷静に分析した。
50m²超は家賃高騰 単身者向けは苦戦
約7000戸を管理する京王不動産(東京都渋谷区)は、世田谷区内において北部を横断する京王線沿線の物件700戸を管理する。同社の管理物件の入居者の多くは20代前半が中心で、特に社会人1、2年目が多いという。
千歳烏山営業所の老沼真一賃貸リーダーは「ここ2、3年で賃料の二極化が目立つ」と説明する。ファミリー向け物件では肌感覚で1割程度上昇し、賃料は12万〜15万円ほどとなっているのに対し、逆に単身者向け物件で3点ユニットバスの場合、賃料は1割程度下落傾向にある。
ファミリー向けが好調な理由は、50㎡以上の物件の市場在庫が少ない点が挙げられる。もともとファミリー向けの物件数が少なかったことに加え、近年の建築費の高騰で新築物件の供給が減少。大型物件を開発できる土地が少ないことも背景にある。
一方、単身者向け物件は、入居希望者数がコロナ前と比較し1割程度少なくなった。これにより、賃料下落を招いている。同沿線の調布駅で再開発が進んでいるため、人気が移っていることと、コロナ下の在宅勤務の影響で、都心へのアクセスの良さを求めた入居需要が落ち込んでいることが理由だという。
「二極化」を感じているのは、区内中央を走る小田急線沿線に拠点を置く小田急不動産(同)も同様だ。同社は、2600戸の賃貸住宅を管理しており、そのうち700戸が世田谷区内に位置する。
同社の管理物件はワンルームでも賃料10万〜15万円ほどと高家賃帯の物件が多い。そのため顧客層は年収800万円以上の30〜40代の単身者や、大手企業に勤める世帯年収2000万円ほどのDINKSが目立つ。
同社仲介事業部賃貸管理グループの田中壮伶サブリーダーは「コロナ前と現在でリーシングに苦戦する物件が入れ替わっている」と話す。
在宅勤務の影響で、以前より部屋数を多く求める顧客が増えており、ファミリー向け物件のリーシングがしやすくなった。1000〜5000円程度賃料を上げて募集してもすぐに入居が決まるという。また、これまでは一度退居すると3〜4カ月空室になることも多かったが、空室期間が約1カ月にまで短縮している。
一方で単身者向け物件は在宅勤務の影響で需要が減り、空室期間が倍程度まで伸びている物件もある。
下北沢「街に憧れ」コロナ下も変化なし
「下北沢駅周辺は、『下北沢に住みたい』と街に憧れている人が多く、需要、賃料ともに下がっていない」
こう語るのは小田急線下北沢駅周辺で仲介店舗を構え、年間700件の賃貸仲介を手がけるShift(シフト:東京都武蔵野市)の星野厳起社長だ。同社は成約件数の半数が世田谷区の物件で、そのうち下北沢駅周辺が半数を占める。
顧客層は、単身者が7割、DINKSが3割を占める。業種は美容系やIT系企業勤務が目立つ。
ワンルームの賃料が8万円程度、築浅であれば10万円程の賃料で、学生や新卒社会人には高い。そのため少し貯蓄ができ給料もあがってきた20代半ばの入居者が多いのだという。
小田急電鉄、鉄道跡地に商業施設誘致
「下北線路街」は、小田急線の東北沢駅から世田谷代田駅の間を地下化し、約2万5000㎡の敷地を再開発したエリアの総称だ。特色のある商業施設を建設、誘致し注目を集めている。
温泉旅館や個人商店が入居する長屋エリアなど13の区画からなる。5月に最終区画である下北沢駅南西口改札前の「NANSEI PLUS(ナンセイプラス)」がオープンし、全面開業となった。カフェやキッチンカーを併設し、約1400㎡の広さを持つ「下北線路街 空き地」を活用し、地元の住民や商店とのつながりを作るイベントを定期的に開催していく予定だという。
地元不動産会社からは「美容室に行く」「劇場に行く」という決まった目的以外で下北沢へ来訪する人が増加しているとの声も上がっている。実際に、下北沢駅の平均乗降者数は、定期利用以外で21年比38.9%増。「全線平均が約30%増であることからも、下北線路街の事業効果を実感している」と小田急電鉄(東京都新宿区)の広報・環境部谷内裕理氏はコメントした。
(2022年11月7日6面に掲載)