福岡市、北九州市と二つの政令指定都市を持つ福岡県。再開発事業「天神ビッグバン」が進む福岡市、「スペースワールド」跡地の再開発計画が進む北九州市、資生堂が建設する工場の稼働が今年度中に見込まれている久留米市など、人口流入の契機が見られる。福岡県の賃貸住宅市況に、新型コロナウイルス下で何が起きているのか。地元の不動産会社を取材した。
収益不動産の融資厳しく売買減少
福岡県の調査統計課によると、7月1日時点で福岡県の人口は513万371人。2015年7月から3万8745人増えた。世帯数は15年7月から11万3345世帯増加し、233万5151世帯と、人口・世帯数ともに増加傾向だ。県内の賃貸住宅の特徴としては、賃料相場が上昇傾向にあり、不動産情報サイト「LIFULL HOME'S(ライフルホームズ)」によれば、直近3年間で5.13%ほど上がっている。また、1月時点の公示地価は、三大都市圏がそろって下落に転じる中、商業地が2.4%、住宅地が1.5%と全国で最も高い伸び率となった。
トーマスリビング、20年の成約件数 前年超えで堅調
福岡市と北九州市を中心に24店舗を展開するトーマスリビング(福岡市)では、コロナ下でも部屋探しの顧客の動きは堅調さを見せた。20年の賃貸仲介の成約件数が19年を上回る7964件だった。管理物件7210戸の入居率も例年並みの96%を維持。管理物件への影響はなかったようだ。
大石有機社長は「21年も前年を超える勢いで成約件数は伸びている」と語る。ただ、コロナ下で顧客の部屋探しの動向に変化があった。コロナ下で例年より約20%増加している問い合わせの中には、店舗での待機時間を減らすために、来店可能な日時を事前に確認する人や、内見による外出を控えるために、ポータルサイトや自社サイトで絞り込んだ物件のオンライン内見を希望する声が目立った。また、在宅勤務の普及により、部屋数の多い物件を探す人が増えるなど、部屋探しにおいてコロナ下ならではの特徴が見られたようだ。
同社では、20年の夏から新たにマンスリー事業を開始。福岡県全域で100戸を運営しており、利用者の60%が法人だ。1カ月から2カ月未満の利用が多く、海外から福岡に帰国した人や、身内に感染者が出た人が感染を防ぐために一時的に借りる動きも目立った。大石社長は「出張者を中心にマンスリーの稼働状況は良い。緊急事態宣言下では利用者の動きが鈍くなるものの、解除後は活発になる印象だ」と語る。
県内の融資状況は、18年の「かぼちゃの馬車」事件以降、投資家の銀行からの借り入れが厳しい状況がコロナ下でも続いた。グループ会社で投資用物件の建築を行う同社では、購入費用の1~2割を自己負担して銀行から融資を受ける投資家の姿が目立った。「コロナ下では、銀行の融資が一層厳しく、売買物件の流通も減っている」(大石社長)
トーマスリビング
福岡市
大石有機社長(41)
Re.BORN、地元に住み替え 若者中心に増加
福岡市の人口は、7月時点で161万9783人。20年より1万6910人増加している。世帯数は、20年より4867世帯増え、83万7153世帯となった。
福岡市内を中心に賃貸仲介を行うRe.BORN(リボーン:福岡市)では、仕事がテレワークになったことを理由に、東京から福岡に住み替える顧客の成約が、20年秋から21年初頭までに約10件あった。特に、県内出身の20~30代の単身者が目立ち、住み慣れた実家の近くで家を借りている。
また、取引先とのビデオ会議が業務の大半を占めるようになった社会人など、テレワークの普及も県外からの住み替えを後押ししたようだ。
一方、福岡市内の歓楽街に勤める飲食店勤務者の部屋探しは収入減少によるものが目立った。上田梨沙社長は「外出自粛による減収で、低家賃の物件に住み替える人がコロナ下で増えた」と語る。
Re.BORN
福岡市
上田梨沙社長(29)
ネクストーン、繁忙期ずれ込むも入居率98%維持
人口が増加傾向にある福岡市に比べ、北九州市は、7月末時点で人口93万9223人と、15年3月から3万2572人減少している。県内の物件ポータルサイト「ふれんず」によると、ここ数年、供給過剰で空室が目立つ傾向にある中、コロナ下で外国人の流入減少と大学のオンライン授業による退去が増加。北九州市の賃貸住宅は厳しい市況が続きそうだ。
北九州市で533戸を管理するネクストーン(福岡県北九州市)は、入居率98%を維持しており、コロナによる管理物件への影響はなかった。
ただ、繁忙期は例年に比べてばらつきがあり、新年度を迎える3~4月にも退去が多く発生した。1月13日から2月28日まで発令されていた緊急事態宣言により、引っ越しを控えていた人たちが宣言解除後に一斉に動いたことで、繁忙期が後ろ倒しになったようだ。
刀根和也社長は「繁忙期後半の退去で入居者募集が厳しくなると思ったが、5月上旬まで引っ越しの動きが活発だったため、空室を埋めることができた」と振り返る。
また、オンライン授業の普及により、賃貸を離れて実家に戻る学生の動向も印象的で、市内の賃貸住宅市況は厳しくなりそうだ。「空室率が上昇するこの難局を乗り越えるには管理会社とオーナーが二人三脚で物件の競争力を上げる工夫を考えることが、一層重要になる」と刀根社長は語る。
ネクストーン
福岡県北九州市
刀根和也社長(35)
駅前不動産ホールディングス、学生物件売却打診 久留米駅前は開発進む
県の南部に位置する久留米市。人口は7月1日時点で、30万3958人。17年同月より2427人減少している。一方、世帯数は8789世帯増えて12万9739世帯。1世帯あたりの人数は2.36から2.19人に縮小している。
久留米市を中心に約1万6000戸を管理する駅前不動産ホールディングス(福岡県久留米市)は、これまでは飛び込み客が多かったが、コロナ下でポータルサイトと自社サイトからの問い合わせが増加。物件を絞り込み、来店予約を入れたうえで店舗に足を運ぶ客の姿が目立った。
久留米市は、車か公共交通機関か、移動手段によりマーケットが分かれる。電車で通勤する人は、西日本鉄道「久留米」駅や「花畑」駅、JR「久留米」駅の周辺で物件を探す傾向がある。私鉄とJRの電車が通っており、特急と新幹線が停車する久留米駅を中心に相場が高くなる。
車で移動する人は、県道沿いやスーパーなどの店が並ぶバイパス、学区で部屋を探すことが多い。物件の種類に関しては、中心部や駅の近くでは集合住宅、郊外では戸建ての賃貸住宅が人気だ。
コロナ下で物件に求める入居者ニーズの変化はなかったほか、家賃の下落も見られなかった。管理物件の家賃相場は、単身者向けが1万円台から、ファミリー向けが3万円台からとなる。
収益不動産の取引はコロナ下で、間取りの多い部屋や一棟アパートの流通が少なく、ワンルームや分譲賃貸といった低価格帯の物件の取引が以前よりも増えた。第一売買事業部の柴田修マネージャーは「学生向けの物件では、オンライン授業の普及による新入生の入居が激減したことで、賃貸経営が厳しくなり売却を検討するオーナーからの相談もあった」と語る。
新規物件に関しては、市場に出回る機会が減っている。要因としては、銀行の融資引き締めにより、特に賃貸経営の実績がないオーナーの借り入れが厳しい状況がここ数年続いていることが考えられる。
久留米駅近辺では再開発が進み、新たな住宅市場に顧客を誘導する効果が期待される。
(9月6日9面に掲載)
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