全国の都市の賃貸住宅マーケットをデータや地元の不動産会社への取材から探る。今回はリニア鉄道開通に向け、再開発が活発な名古屋市を取り上げる。
リニア開通に向け再開発活況も、中心地ワンルーム供給過多
名古屋市は16の区からなる日本の三大都市の一つだ。2027年の東京(品川)―名古屋間を結ぶリニア中央新幹線の開通に向け再開発も活況だ。賃貸市場はライフステージの変化などを理由に市内移動、県内移動を行う若年層が主力。ただ、17年ごろから中心部で投資用ワンルームの開発が増えたことにより供給過多気味で、入居付けに苦戦している状況もある。
区ごとの差異顕著 中心地は単身85%
地場大手のニッショー(愛知県名古屋市)は、名古屋市内で仲介店舗26店を展開する。同社の名古屋市における賃貸住宅の仲介成約件数のうち、約6割を単身者が占める。名古屋駅周辺や、歓楽街である栄エリアなど、名古屋市中心部の店舗では、契約者のうち85%以上が単身者となっている。
営業戦略室の鈴木伸哉室長は、名古屋市の賃貸市場の特徴について、「県内での移動・区から区への移動が目立ち、県外からの流入は多くない」と説明する。
同社池下店の様子
名古屋市はもともと更新料が低く、2万円ほどが相場だ。そのため、引っ越し理由として更新料を挙げる入居希望者はほぼいない。多くは結婚などで手狭になり広い部屋に引っ越す場合や、転職で通勤しやすい沿線への移動、就職や進学などの理由が多い。
区ごとの需要の違いも目立つ。単身の法人契約は中心部に集中。同社の名古屋市内での法人契約は平均で25%ほどだが、企業の支店が多い中心地の中区や、名古屋駅周辺や栄エリアへの交通アクセスのいい千種区に限っては40%を超える。
一方で、千種区の東側に位置する星ケ丘エリアは、東山動植物園などの大きな公園があり、商業施設もあることから、ファミリーに人気だ。星ケ丘店の成約実績の約28%がファミリーを占める。
家賃相場については、「上昇傾向にある」という。中でも、家賃相場を押し上げているのが、2LDK以上のファミリー向けの物件だ。供給が少なく、家賃の値上がりが顕著で、新築時周辺物件から2〜3万円高い賃料でも入居が決まっている。単身者向け物件では、新築でも相場賃料より15%程度高いという。
名古屋駅周辺の中村区や繁華街のある中区などの中心地ではワンルームの物件が供給過多だといい、鈴木室長は「新築でも満室まで2年かかる物件もある」と説明する。
市内中心部に集中 ワンルームが余剰
ワンルームの供給状況を憂慮するのはニッショーだけではない。
年間仲介件数約6100件のワンダーライフ(同)の東康貴社長も「16年ごろからワンルーム供給が増加している」と話す。複数の投資デベロッパーが名古屋駅や栄周辺などの中心地にワンルームマンションを建設。1戸30㎡ほどの広さで、大型の物件だと100戸超のものもある。
名古屋市の公表データによると、21年の名古屋市の新築貸家着工数のうち、中区が1891戸と17.6%を占める。戸あたり床面積は41.7㎡で、市の平均値より4.2㎡狭く、ワンルームや1Kが多いことがわかる。
加えて、新型コロナウイルスの影響が物件余剰に拍車をかけた。市内には26校の大学のキャンパスが所在する。これらの大学がリモート授業となり、学生の一人暮らし需要が減少。入国制限で外国人需要も激減した。そのため、ワンルーム需要が伸びなかったことも背景にあるようだ。新築でも1年かけてやっと満室になる状況だ。
入居が決まりづらい物件は、業務委託費を2〜3カ月で出す物件もあり、高い業務委託費を求めて、インターネット集客からの反響のみで営業を行う個人事業主や新興の仲介会社が増加。
「デジタル化の流れもあり、名古屋市は仲介で売り上げを立てやすい市場になっている。肌感ではあるものの、不動産会社の数は16年ごろと比較すると大幅に増加している」(東社長)という。
今後は、入国緩和で外国人需要が回復すれば、ワンルームの供給過多の状況が軽減されるのではないかと見る。
サロン開業者増加 市外へ住み替えも
名古屋市を中心に賃貸仲介店舗「ルームセレクト」を10店舗運営し、年間仲介件数約3500件の洞口(同)では、コロナ禍による新たな動きとして、エステやネイルサロン開業の目的で契約を行う顧客が増えたという。
コロナの影響で、メインの仕事をしつつ、在宅時間が長期化し、副業としてサロンを開業する人が目立つ。場所が良ければ住居兼用で借りているようだ。
名古屋市内の企業でのテレワーク実施が継続していることもあり、名古屋市内でも郊外に位置する藤が丘駅周辺エリアや、名古屋市に隣接する長久手市や日進市へ、市の中心地から住み替えるケースが目立った。中でも長久手市は16年に大型のイオンができたり、北欧家具のIKEA(イケア)ができたりと若年層の人気が上がっており、地価も名古屋市に近い程度まで高騰しているのだという。
愛知、起業家支援の施設建設
愛知県は、19年より日本最大級のスタートアップ支援の「STATION Ai(ステーションエーアイ)プロジェクト」を進めている。同プロジェクトでは、愛知県が事業主体となり、運営はソフトバンク(東京都港区)が設立したSPC(特別目的会社)のSTATION Ai(愛知県名古屋市)が担い、大型シェアオフィスの建設と、入居企業の運営フォローを行う。
現在は名古屋駅付近にあるシェアオフィスWeWork(ウィーワーク)に93社が入居しており、多くは物件完成後、引っ越す予定だ。STATION Aiの広報担当、藤原佳子氏は「地域特性として製造業向けの業務効率化サービスを提供するスタートアップが多い」と話す。
入居する企業の内、28%が県外から同プロジェクトを目的に名古屋市に移転しているという。関係者の入居のため賃貸住宅の需要創出も期待されている。
完成イメージ。約7300㎡の土地に、1000社が入居できるシェアオフィスを建設中だ。7階建てで、3~6階をオフィス、7階は施設関係者向けの宿泊施設とする計画だ
(2022年7月25日9面に掲載)