兵庫県姫路市で総合不動産業を行う赤鹿地所は、事業の多角化により売上高を拡大している。赤鹿保生社長は、不動産売買を行っていた同社で宅地分譲を開始し、19億円を売り上げる主力事業に育て上げた。現在は新たな柱として賃貸管理に力を注ぐ同社の歩みと今後のビジョンについて、赤鹿社長に聞いた。
年商26億円超 建築会社と連携
―宅地分譲をメインに、売上高を伸ばしています。
2025年8月期の売上高は26億2464万円、経常利益は4億1825万円でした。売上高は前期比112%、4年前の21年8月期と比べると125%になっています。
―事業構成比を教えてください。
25年8月期の売上高は、宅地分譲が74%を占めています。管理・工事が7.8%で続き、売買仲介が6.2%、買い取り再販が3.2%、賃貸仲介が1.9%、住宅会社紹介が1.5%、その他が5.4%となっています。
―主力事業である宅地分譲は、どのような事業ですか。
兵庫県西部の用地を仕入れて水道管やガス管などを整備し、建築条件なしで販売します。建築会社を自由に選んでマイホームを建てたい人をメイン顧客に、25年8月期は19億4257万円を売り上げました。販売する宅地の面積は40〜50坪、販売価格は1300万円前後が多いです。
―売買仲介事業も伸ばしているようですね。
当社は土地の売買に強みがあるので、売買仲介で取り扱うのもほとんどが土地となっています。仲介する土地は、宅地分譲を行う同業他社の分譲地も多いです。現在は姫路市内の建築条件なしの分譲地は、多くが当社を通して販売されている状態です。
―同業他社が土地の仲介を依頼してくるのですか。
姫路には現在、建築条件なしの土地を分譲する同業他社が10社ほどあります。仲介会社に買主探しを依頼して、仲介会社は土地に「分譲中」の看板を立てて問い合わせを待つ、というような販売方法が主流である中、当社は独自の集客施策を実施して効果を上げてきました。当社が仲介すれば即日契約も珍しくないと評判が広がって、20年ごろから同業他社の分譲地の仲介が増えてきたのです。
―早期に成約することができるのはなぜですか。
ハウスメーカーとの提携が一番の理由です。住宅展示場に来る顧客の半数ほどは、土地を持っていないそうです。だからハウスメーカーは常に分譲地を探しています。私たちはそこに分譲地を紹介できる。逆に私たちが、分譲地を買った顧客をハウスメーカーに紹介することもあります。土地分譲を開始して約20年の積み重ねで、ハウスメーカーから送客してもらえる関係が強固に構築されているのです。
投資用販売で成長 主力事業をシフト
―建設会社の子会社として事業をスタートしたそうですね。
総合建設業の赤鹿建設の子会社として1986年に設立されたサンコーフーズが90年に改称して、赤鹿地所となりました。赤鹿建設は58年設立の老舗です。賃貸住宅も累計34棟建築し、グループ会社の辰己企画などが保有してきました。私が入社した時、赤鹿地所はグループ会社の保有物件の賃貸・売買仲介を専門に行っていました。
―赤鹿社長の経歴を教えてください。
姫路市で生まれ、大学卒業後の89年に大阪の投資用マンション販売会社に入社しました。入社時はバブルの絶頂で、がむしゃらにマンションを販売し新人賞も受賞しました。92年に赤鹿地所と、グループ会社で投資用マンションの開発を行うアカシカハウスに入社しました。
―99年には両社の社長に就任したのですね。
2000年ごろに日銀のゼロ金利政策が始まり、マンション投資ブームの再来といった空気がありました。アカシカハウスで開発したマンションを赤鹿地所で販売するというスキームをつくり、両社の業績を大きく伸ばしました。しかし03年ごろになるとブームに陰りが見え始め、完成在庫が大量に残ってしまったのです。私は父親から、アカシカハウスの社長解任を言い渡されました。
―赤鹿地所も経営へのダメージは大きかったのではないですか。
02年に2億5000万円ほどあった売り上げのうち、マンション販売が2億円を占めていました。この売り上げがほとんどなくなってしまったたのです。社員は25人いて、そのうち20人がマンション販売員でした。徹底的に打開策を考えましたが、リストラを避けることはできませんでした。妻子もいる社員を解雇せざるを得なかった苦しさは、今も忘れません。とにかく経営を盤石にしないといけないと強く思いました。
―大きな危機ですが、このタイミングで現在の主力である宅地分譲を開始しています。
以前所属していた青年会議所の先輩の経営勉強会に参加するなどして、当社が持っている経営資源を組み合わせてできる事業はないかと模索していました。そんな時にたまたま「息子が家を建てるから土地を探している」という顧客が来店したのです。その人は大工で、家は自分で建築したいからと、建築条件が付いていない土地を探していました。たくさんの不動産会社に行ったけど、なかなかこれが見つからないと。
―建築条件なしの分譲地は、あまり市場になかったのですね。
しかし一方で、売れ残っている土地はあるのです。その時たまたま当社では、姫路郊外の農地を仲介で預かっていました。農地としては売れませんでしたが、買い取って宅地として整備し売りに出すと、すぐに買い手がつきました。当時は建て売り事業者も今よりもかなり多かったので、建築条件なしの分譲地を求めている人は多いだろうと踏んで、04年に宅地分譲事業を本格化したのです。
赤鹿地所の本社外観。グループの赤鹿建設などと同じ建物に入る
多角化進める20年から受託強化
―宅地分譲事業は19億円を売り上げるまでに成長しましたが、近年は事業構成比を分散させています。
20年8月期には宅地分譲が売上高の9割を占めていたのですが、宅地分譲事業への依存度の高さを問題だと感じ、徐々に多角化を進めてきました。構成比・売上高の両方を考慮すると、賃貸住宅の管理と原状回復などの工事を含む、管理・工事が特に伸びています。25年8月期の管理・工事事業の売上高は2億443万円で、21年8月期の2倍以上になっています。
―管理戸数の推移を教えてください。
26年2月末時点で管理戸数は1750戸になりました。年100戸ほどを新規受託しており、21年同月比では500戸の純増です。もともとグループ会社が建築した賃貸物件の管理が500戸ほどあるのですが、20年ごろから賃貸管理の専門部署を立ち上げ、外部からの受託を推進してきました。オーナーには、一棟あたりの入居率が70%以下となった場合に管理手数料を受け取らないといった独自の管理サービスを提供しています。
―賃貸管理に力を入れ始めた理由は。
市場に伸びしろがあると考えるためです。今はちょうど、平成初期に建築した賃貸物件のオーナーの相続が発生する時期になっています。相続人の息子・娘は姫路を出ている場合も多い。姫路ではまだ自主管理しているオーナーも多いですが、大阪や東京に住む相続人はそうもいかないでしょう。おそらく賃貸管理は需要が高まるフェーズに入ると見ています。
―今後の計画を教えてください。
28年8月期に売上高40億円、経常利益10億円の中期経営計画を立てています。売上高がすでに2億円を超え、今後も成長が見込まれる管理・工事は、27年ごろに分社化する予定です。社員の成長のためにも、ポストをつくらないといけませんから。赤鹿地所としては、宅地分譲以外にも賃貸管理や住宅会社紹介などで姫路のナンバーワンを増やし、「不動産価値創造企業」になることが目標です。
社長プロフィール
1966年、兵庫県姫路市生まれ。大学卒業後、大阪府の投資用マンション販売会社で営業に従事し、92年に赤鹿地所入社。99年には赤鹿地所の社長に就任。2004年から開始した宅地分譲事業で会社の業績を大きく伸ばした。現在は人材教育に力を注ぐ。
会社概要
所在地:兵庫県姫路市辻井1丁目1番23号
設立:1986年9月3日
資本金:9800万円
事業内容:宅地分譲事業、不動産買い取り事業、土地の有効活用の企画実施、不動産売買・賃貸仲介業務、不動産の各種コンサルティング業務
(2026年4月20日9面に掲載)





