大阪市の職員として2010年から26年3月までの16年間、大正区、港区、生野区の区長を歴任した筋原章博さんが、公民連携によるエリアリノべーションの実体験を、行政側の視点で振り返る。
人気施設の周辺でまちの衰退が進む
20代の頃、私は「古き良き大阪の魅力を未来に残す」という活動に参加していました。大阪のまちを、今回は港、今回は芝居小屋、と毎回テーマを決めて歩き、時にはシンポジウムも開催するというものです。この活動を通じて、かつて「東洋のベニス」と言われた水都・大阪の歴史と風情に、魅力を感じるようになりました。
大阪市の職員だった私は、1989年から大阪港湾局に勤務し、国土交通省の外郭団体に出向して独立行政法人国際協力機構(JICA)エキスパートとして国際協力業務に携わったり、船会社を誘致する仕事に就きました。いずれは、大阪の水辺の活性化の仕事に関わりたいと思っていたのですが、そんな思いとは裏腹に、任されたのは破綻した施設の処理でした。





