建築設計事務所の小笠原企画(福岡市)は、長崎市で空き家を活用した地域再生に取り組んでいる。「長崎坂宿プロジェクト」と称し、宿泊施設などを運営。宿泊業で安定収入を得ながら、地域住民が必要とする無人コンビニエンスストアを開設するなど、プロジェクトはエリアマネジメントへと広がりを見せる。同社の小笠原太一社長は地域再生のマスタープランを実現しようと、まい進する。
宿泊で収益化、地域活性に寄与
長期空室の長屋 家主から借り上げ
小笠原企画は人口減少が進む長崎市で、空き家問題の解決と地域活性化に挑む。長崎坂宿プロジェクトの対象エリアは、長崎市の中心部を走る路面電車の終着点である長崎電気軌道1号線崇福寺電停を中心とした、半径300m内。車が通れない狭い坂道に住宅が密集し、空き家が増えつつある状況だ。
同プロジェクトでは、東小島町で5軒、高平町で2軒の空き家を再生し、宿泊施設などを運営している。東小島町にある宿泊施設は、同じ坂道沿いに面した50m内に立地。最初に再生した物件は、同社が購入した高平町の空き家だが、ほかはオーナーから借り上げた物件だ。小笠原社長がオーナーに事業プランや改修内容を説明し、承諾したオーナーが改修費用を負担する。借り上げた物件は築年数が古く、老朽化によって長期間空室だったものもある。東小島町の5軒は、すべて長屋で1戸あたりの広さが20~40㎡。借り上げ賃料は3万~5万円。
長崎坂宿プロジェクトのマスタープラン
オーナーが改修費用300万~500万円を負担し、フルリノベーションした。2~5人が泊まれる宿泊施設として同社が運営している。宿泊料は、各施設の推奨する定員数で宿泊した場合、1泊1人4000~6000円で別途清掃費を加算。宿泊利用者数は施設全体で毎月200~300人だ。外国人の利用も多いという。
この5軒はすべて同じオーナーの物件だ。オーナーは、老朽化によって空き家が増えていく中、借り上げが決まった状態で改修計画が進み、工事金額の上振れもない点にメリットを感じているという。小笠原社長は「最近は、地域全体を再生するプロジェクトに理解を示してもらっており、二人三脚で取り組んでいると感じている」と語る。
長屋を再生した宿泊施設
宿泊施設は、賃貸住宅としても運用できる仕様になっている。宿泊運営が難航した場合、オーナーは同社との賃貸借契約を解消し、一般の貸家としてすぐに貸し出せる。改修前より高い賃料で入居者が決まるとすれば、オーナーのリスクは大きくないという。
無人小売店を開設 地元住民も利用可
同プロジェクトは、2024年9月から次のフェーズに入った。地域住民も利用できる施設を整備し始めた。これは、プロジェクト開始時に、マスタープランで描いたものだ。宿泊事業で安定した収益を得るのが第1フェーズ。その次のフェーズとして、空き家を活用し地域に不足している物販店や憩いの場、観光客にとって付加価値となる空間をつくっていく。「地域全体をどう再生させるか、ゴールとなるマスタープランを最初に設計した。そのプランに沿って、1軒ずつ空き家を改修している」
空き家1軒1軒の収益性だけを見ていては、地域全体の再生をすることは難しい。一方で、差別化や付加価値づくりをしようと、収益性が低い物件を先に再生すると、事業が立ちゆかなくなる可能性が大きい。こうした状況にならないよう、地域再生は全体プランを考えることが重要だという。
同社が第2フェーズとして整備したのは、東小島町のフロント棟。周囲にある宿泊施設のフロントとして、チェックイン業務や荷物の預かり業務を行う。地域住民も利用できるロビーラウンジやシアタルームも備える。25年4月には、無人コンビニを部分的にオープンした。隣接する広場も整備し、キッチンカーや移動スーパーを誘致する計画もある。
無人コンビニがあるフロント棟
同地域周辺には、買い物できる店がなく困っている住民も多いという。そこで同社は、遠いスーパーまで行かなくても、ちょっとした買い物を済ませられる場をつくり、地域課題の解消につなげたいと考えた。宿泊施設を利用する観光客の消費を見込めば、小売店の経営が成り立つとみる。
最寄りの崇福寺電停前にも観光拠点を整備する計画だ。電停前にある4階建ての空きビルを改修し、1階を観光拠点「トラベルラウンジ」にする予定。荷物の預かり、地域を巡るツアーの案内や集合場所として活用し、上層階は宿泊施設で収益を確保する構想だ。
小笠原社長は、自身が持つ建築設計の技術を生かして、社会課題を解決したいと、同プロジェクトに取り組み始めた。借り上げた物件を再生・運用する手法は、オーナーにも収益が還元されるため、重要なポイントだ。また、大きな資金も組織も必要なく、空き家を1軒ずつ再生しながら、地域開発を行うことができることから、再現性が高いという。
「同プロジェクトの真の価値は、〝誰でも再現できる方法論〟にある。この方法は自分でもできることを証明するための、地域開発のプロトタイプと考えており、全国に広げていきたい」
小笠原企画
福岡市
小笠原太一 社長(45)
(2025年4月21日20面に掲載)