杉並区保証会社社員殺害事件 問われる立退時の安全確保【クローズアップ】

事件|2026年03月09日

 アパートの明け渡し強制執行時に家賃債務保証会社(以下、保証会社)の社員が殺害された事件で、保証会社社員は建物の下で待機していたが、被害に遭ってしまった。被害者となった社員は、事件前に一度だけ容疑者と対面していた。

建物下で待機も被害

強制執行前、容疑者と一度対面

22年に契約開始 入居後に自己破産

 1月15日、東京都杉並区和泉にあるアパートの明け渡し強制執行時に、保証会社の社員と執行官が殺傷された。殺人などの容疑で送検された山本宏容疑者は、事件発生時点で98万3000円分の家賃を滞納。保証会社の電話や訪問にも応じてこなかったという。殺害された保証会社社員は、強制執行の完了をいち早く不動産会社に伝えようと考え現場に行っていた。

aicon_key.jpg 強制執行

 裁判所を通じて、債務者に借金を支払わせたり物を引き渡しさせたりするための手続き。裁判で決まった支払いや立ち退きに債務者が応じない場合に、口座や家財の差し押さえ、執行官による強制的な退去などが行われる。支払督促や明け渡し訴訟で判決や和解調書といった「債務名義」を得た上で行う。 

 強制執行に至るまでの経緯は、事件が起きた約3年前から始まっている。保証会社A社と山本容疑者は2022年10月13日に、事件のあった物件の家賃債務保証契約を締結した。月額家賃は5万5000円。A社では必ずしも保証人は必要としておらず、緊急連絡先は容疑者の親族だった。

 A社は収納代行は行っておらず、滞納があった場合はオーナーや不動産会社がA社に申請し、A社が滞納家賃を立て替えていた。物件はオーナーの自主管理だが、家賃の管理や家賃債務保証契約の手続きなどは代理店として不動産会社が行っていた。

 A社は、この契約の前にも山本容疑者の家賃債務保証を行っている。同じ杉並区にある別の物件で、20年から2年にわたって保証を行った。入居中に家賃の滞納はあったが、途中からは同容疑者が生活保護を受給し、安定して家賃が支払われていたという。

 22年に山本容疑者が引っ越すことになった際も、仲介をしたのが前と同じ不動産会社だったことから、結果として容疑者が再びA社の保証を利用することとなった。A社の社長は「山本容疑者は生活保護受給後は遅れることなく家賃を支払っていました。そのため問題ないと判断して保証契約を締結したのです」と話す。

 事件のあった物件への入居から1週間後、山本容疑者の自己破産申し立てを受任したと山本容疑者の弁護士から連絡があった。しかし生活保護の受給などで1年は遅滞なく家賃を支払っていたという。

1年で徐々に滞納 電話・訪問は無視

 入居から1年後、最初の滞納が発生した。23年10月10日、不動産会社から「山本容疑者から10月分の家賃の振り込みがない」という連絡があった。これを受けてA社は山本容疑者に電話で連絡。電話がつながらず通話できなかったが、10月20日には家賃が振り込まれた。

 しかし11月10日にはまた「11月分の家賃の支払いがない」と不動産会社から連絡がきた。ここで初めてA社が山本容疑者の家賃を立て替えてオーナーに支払った形だ。

 これ以降山本容疑者は、家賃の滞納と少額の支払いを繰り返すようになる。A社は毎月電話と訪問を繰り返したが、容疑者とはメールのやりとりのみで一度も会うことができなかったという。「当社は生活困窮者などの保証も行ってきましたが、ここまで話せない・会えないケースは初めてでした。コンタクトが取れれば、経済・生活の状況のヒアリングや分割支払いの提案などをすることができるのですが」(A社社長)24年9月19日に2万5000円を振り込んだのを最後に、容疑者からの振り込みは途絶えた。12月6日、A社は東京簡易裁判所に支払督促を申し立てた。滞納額は家賃3カ月分を超える15万8000円になっていた。

強制執行までの出来事

家財差し押さえ時 初めての面会

 支払督促送達に対して山本容疑者が異議申し立てを行わなかったため、A社は裁判を経ずに強制執行をすることにした。山本容疑者の口座には残高があまりないことが予想されたため、A社は債務者の家財などを換価し弁済に充てる動産執行の申し立てを行った。

 25年6月12日、動産執行を実施。山本容疑者は居室におり、執行官が鍵を開けて居室に入った。しかし換価できる家財はなく、執行不能に終わった。

 A社が初めて容疑者と顔を合わせたのは、このタイミングだった。A社社長と被害者となった社員が建物の外で執行を待機していたところ、執行官に居室に来るよう呼ばれた。山本容疑者が保証会社と「話してもいい」と言ったという。「居室の前に行くと、ドアをわずかに開けた山本容疑者が一方的に『もう家賃を払う気もないし、ここを出ていく気もまったくない。自分は死に損なっているから立ち退きの訴訟を進めてくれ』というようなことを言い、それでもうドアを閉められてしまいました」(A社社長)

 現場から会社に戻ったA社社長は、その日のうちに弁護士事務所に明け渡し訴訟の手続きを依頼した。山本容疑者は10月3日、裁判に1度だけ出廷し「退去に争いはないが、賃料の支払いと退去の時期について配慮してほしい」という旨の発言をしたという。その後は出廷はなく、10月10日に貸主側の主張を全面的に認める判決が出た。

 判決を受けA社は11月5日、弁護士事務所を通じて東京地方裁判所に明け渡しの強制執行を申し立てた。

明け渡しの断行 報告のため現場へ

 明け渡しの強制執行は2回に分けて行われる。まずは執行官が現地に赴き、居室に居座る入居者に明け渡しの時期を告知する「催告」だ。その後荷物を運び出し鍵を交換する「断行」を行う。今回のケースでは、25年12月17日に催告が行われた。A社社長によると、この時も容疑者は居室に居たが、急にシャワーを浴びだして執行官も話ができない状態だったという。

 催告から約1カ月後の26年1月15日、断行。この時現場に集まったのは、裁判所から執行官と立会人。荷物の搬出などを行う執行補助事業者、鍵が開かない場合の対応や執行完了後の鍵交換を行う鍵交換事業者。貸主の代理人としての弁護士事務所職員。そして被害者となったA社社員だ。

 執行時に居室の中に入ったのは、執行官だ。立会人、弁護士事務所職員、鍵交換事業者は玄関ドア付近で、執行補助事業者と被害者となったA社社員は建物の下で待機していた。保証会社は建物については何ら権利を持っていないため、強制執行が行われる住居内に立ち会うことはできない。しかし今回の場合、物件の近くに仲介を行った不動産会社の店舗があった。被害者となったA社社員は執行完了後に不動産会社に明け渡しの完了を報告しに行くため、現場に足を運んでいた。「今回のように不動産会社が物件の近くだったり、多くの保証契約をもらっている関係が深い不動産会社だったりすると、電話一本で『終わりました』だとなかなか。ちゃんと現地に行って報告をと考えていました」(A社社長)

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 居室からは離れたところで待機していたものの、A社社員は被害に遭ってしまった。A社では今後、督促のための滞納者への訪問を控えていく方針だ。「長年保証業務を行ってきましたが、督促や強制執行の現場には危険があるのだという認識が甘かったです。逆恨みされるケースもあるんだと、実際に意識しました」とA社社長は話した。

事件の兆候見えず 居住用はほぼ警察帯同なし

 「明け渡し強制執行までの手続きや現場の準備で、通常と違うところはありませんでした。事件の兆候のようなものもなかったと思います」。明け渡し訴訟の手続きを行い、強制執行の現場に立ち会った弁護士事務所の代表はこう語る。

 手続きも法にのっとって行っていた。明け渡し訴訟は、家主が原告として申し立てを行った。申し立てのタイミングは、滞納額が契約解除の正当な理由として認められやすい3カ月分を超えた時点だ。明け渡し強制執行についても、A社は債権者ではないことから、居室から離れた場所で待機している。

 執行官は警察に援助を求めることもできるとされているが、今回警察官の帯同はなかった。同弁護士事務所は年間100件以上居住用物件の明け渡し強制執行に立ち会うが、これまでに警察官の帯同があったケースはなかったという。「執行官が警察の援助を要請するのは、暴力団などの関係が疑われるなど危険があるときです。居住用物件の明け渡し強制執行で警察官が帯同したという話を少なくとも私は聞いたことがありません」(同弁護士事務所代表)

 法にのっとった手続きをした強制執行の場で事件が起こった。危険が伴うことを認識したうえで、強制執行の現場に行くことは慎重に判断することが求められる。もしも行く際には、安全確保策を十分に考える必要がある。

(中村)
(2026年3月9日20面に掲載)

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