スギタグループ、古さの価値を信じ 古民家再生 大阪 〝がもよん〞【後篇】

【連載】空き家で稼ぐ 第15回

賃貸経営|2025年11月18日

 大阪市城東区蒲生4丁目、通称「がもよん」エリアは、空き家問題を解決するモデルケースとして、全国から注目を集めている。廃れた住宅街で空き家を個性的な飲食店に再生し、地域の不動産価値を高めた「がもよんにぎわいプロジェクト」。後編では、がもよんエリアで多くの土地や建物を所有するスギタグループ(大阪市)の杦田勘一郎社長に取材した。

〝まちのにぎわい〟を共有

残したかった米蔵

 杦田氏は約400年続く、スギタグループの代表取締役社長だ。同社は、主に大阪市城東区、旭区、北区などに不動産を所有している。がもよんにぎわいプロジェクトでは、アールプレイ(同)社長の和田欣也氏が、2008年ごろから37軒の空き家を再生してきた。この37軒のうち大半の空き家を所有していたのが、スギタグループだ。借り手と貸し手の双方がもうかり事業を継続できる空き家再生ビジネスの根底には、杦田氏の古い建物を残し活用したいという強い思いがあった。

 杦田氏は「幼い頃同居していた祖母から教わったのは、先祖の残してくれたものを大切にする心だった」と語る。同プロジェクトは、杦田氏が自宅敷地内の一部であった米蔵を残したいと奔走する中で、和田氏と出会ったことで始まった。米蔵は1905年に建てられたとされる。

 現在、スギタグループは不動産賃貸業や、空き家・古民家の再生を事業の柱としているが、昔はそうではなかった。2000年頃、杦田(同)を軸とするスギタグループは、杦田氏の先代が率いていた。当時、バブル崩壊などによって、事業は低迷。金融機関の借金返済に充てるため、所有する物件の売却にかじを切り出した。分譲住宅や、古い建物を取り壊し、手放していった。

 その頃は、新しい建物に価値があり、築古の空き家改修は収益を生まないと考えられていた時代だ。そうした時代の潮流もあり、スギタグループが借金返済のために手放すのは、賃貸していた物件だけでなかった。かつて、杦田家の自宅の一部にあった米蔵も、半世紀以上使用していない状態だったため、手放す対象になってしまった。

 杦田氏は祖母の教えを胸に米蔵を残したいと主張したが、社内全員が猛反対だったという。それでも「古い建物が持つ建築の技術や趣には価値がある。これを取り壊したら、二度と同じものは建てられない」と、残す方法を1人で探った。その中で出会ったのが、和田氏だった。

リストランテイルコンティヌオ

1905年に建てられたとされる米蔵を改修した「リストランテイルコンティヌオ」(2018年~)。敷地面積は85.38㎡、建物は木造瓦ぶき平屋建て

高級飲食店を誘致

 杦田氏は、05年ごろに大阪市天王寺区空堀町で空き家対策をしていた当時のメンバーを事務所に招き、会合を開いた。ここでアールプレイの和田氏と出会った。集まったメンバー10人ほどの中で、「築古の建物を残したい」と語る杦田氏の話に対し、真剣に耳を傾けたのが和田氏だったという。

 当時の和田氏は家屋の耐震工事に取り組んでいた。1995年に発生した阪神・淡路大震災で、家屋の倒壊によって多くの人が圧死した現場を目の当たりにしたのがきっかけだ。単に耐震性を改善するだけでなく、古い長屋を斬新な設計で改修をした「デザイン長屋」を手がけ、テナントからの賃料アップを実現した実績と、耐震デザインコンペティションの受賞実績があった。

 2人は意気投合し、すぐに米蔵再生へと動き出した。和田氏は自らテナント探しを、杦田氏は社内の説得を始めた。

 リーシングを託された和田氏は、米蔵にイタリアンレストランの誘致を提案した。築年数が100年以上になる米蔵の風格に引けをとらない高級価格帯のレストランだった。杦田氏は「本当にこの場所でレストランと契約ができるのか」と不安に感じた。

 米蔵の立地は大阪メトロ長堀鶴見緑地線蒲生4丁目駅から徒歩7分の住宅街で、イタリアンを食べに来る場所とは思えなかった。建物の改修についても実際に着手しないと、どの程度の損傷があるかわからない状況だ。だが杦田氏は腹を決め、社内を説得し、イタリアンレストランを迎えるために米蔵の改修に取りかかった。

 米蔵の改修には500万円以上を費やした。基礎を造り直し、耐震補強を実施。屋根は軽量瓦にふき替え、躯体を改修した。シンボルとなる重厚な門構えは残している。

がもよんエリアマップ

がもよんエリアを歩くと、同プロジェクトによって開業した店舗を紹介する看板がある。現在はさらに店舗が増えている

1年半で投資回収

 2008年6月にイタリアンレストランが開業。高級店が住宅街にあるというギャップと、純和風の建物ということが話題となった。杦田氏は当時、10年の賃貸借契約を希望していたため、3年以内の投資回収を想定していた。しかし実際には、1年半ほどで工事にかかった費用などを回収することができた。10年の定期借家契約が終了し、18年からは、店のシェフがオーナーとなり、新たな10年の定期借家契約を結んでいる。

 米蔵を再生したイタリアンレストランの繁盛ぶりを見た杦田氏は「地域に点在する古民家を活用したい。面としてまちを盛り上げていくことはできないか」と和田氏に相談。その後、2人は空き家を次々に改修し飲食店へと再生していった。そうして、和田氏を代表とする、一般社団法人がもよんにぎわいプロジェクト(同)の設立につながっていくことになる。

 スギタグループ社内の姿勢も変わった。イタリアンレストランが開業後にテレビ番組に取り上げられ、地域住民の話題になっていた。古いことが価値となり、築古物件の再生で安定した賃貸収入を得る道筋となった。3軒目、4軒目を改修する頃には、社内で誰も口出しすることはなかったという。

 19年には空き家を改修した飲食店などが27軒になっていた。和田氏は、テナント探しや改装工事だけでなく、飲食店がきちんと利益を出して、この場所で事業を継続できるようにさまざまなサポートを行った。内装やメニューのアドバイス、集客につながる地域イベントの企画や実行だ。「和田氏が先頭に立って、私が不動産所有者として裏で動いていた。彼の存在によって、利益相反関係にある貸主と借主が、〝まちのにぎわい〞という利益を共有する関係になれたと思う」(杦田氏)

コロナ下に賃料減額

 杦田氏も、空き家だった建物を借りた飲食店事業者を応援してきた。20年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、街を出歩く人が激減。飲食店を利用することを控えなければいけない緊急事態宣言が発令された時、杦田氏はすぐに動いた。借主である飲食店の事業者に対し、一定期間の家賃を減額した。この対応に飲食店事業者も和田氏も驚いたという。

 「収入のない事業者から家賃をもらうわけにはいかない。これは痛み分け」(杦田氏)。緊急事態宣言が終われば、社員に「がもよん」の飲食店の利用を促した。飲食費の一部を会社が負担する取り組みだ。この頃から、飲食店事業者や地域住民らの貸主である杦田氏への見方が変わってきた。かつて社内や地域住民から「がもよんなんかで、まちづくりなんてできへん」と笑われたという。だが、「増えていく飲食店や、和田氏が企画するイベントや活動もあって、地元の方々も空き家再生によるまちづくりを受け入れてくれたのだろう」と杦田氏は振り返る。

スギタグループ 杦田 勘一郎 社長の社長

スギタグループ
大阪市
杦田 勘一郎 社長

 

(2025年11月17日7面に掲載)

おすすめ記事▶『アールプレイ、家主とテナントが稼げるまち 大阪 "がもよん"【前篇】』

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