相続は誰にでもいつかは訪れる永遠のテーマだ。特に、子孫に残す財産が現金だけでなく不動産にまで及ぶ家主や地主にとって悩ましい課題だろう。今回は、争いを避ける相続対策に焦点を当て、中心に専門家らに話を聞いた。
遺言書には家主業の後継者を明記
相続を巡る争いを防ぐために、相続に関わる法改正や新設制度が2019年より段階的に施行されている。また24年4月には、不動産の相続登記が義務化される予定だ。改正内容を正しく理解することで、相続対策に活用していける。
MSみなと総合法律事務所、生前に相続人と相談
MS(エムエス)みなと総合法律事務所(東京都港区)の清水将博代表弁護士は「今回の相続法改正や遺言書保管法の制定は、残された配偶者の生活保護と遺言書の活用促進の面が強い」と話す。
中でも自筆遺言において、財産目録の作成がパソコンで行えるようになった点は、複数の物件を所有するオーナーにとってはメリットだという。今までは自筆のみだったため、書き損じると訂正印を押していたのが、その必要性がなくなり、より遺言書作成のハードルが下がったといえる。
また、遺言書が見つからないケースが多かったため、相続人の手元に必ず渡るように法務局による保管制度も始まった。これにより、せっかく作った遺言書が活用されないまま相続手続きが行われることを防げる。
前述の2点の制度改正において、遺言書がより活用しやすくなった。ただし、自筆遺言の場合は様式通りに作れていないと無効になる場合があるので要注意だ。
清水弁護士は遺言書の作成こそ、争いを避けるには重要だと話す。遺言書がない場合は遺産分割協議により、遺産を分けることとなる。法的には法定相続分が原則ではあるものの、「不動産が欲しい」「預金が欲しい」などおのおのの主張が出てくる。また、「生前に介護などを行っていないのに、法定相続を主張するのはおかしい」と主張する相続人も出てきてトラブルになる。遺言書があれば、遺言書のとおりに相続することになるため、争いが生じることを防ぐことが可能だ。
特に注意すべきは、遺留分が侵害されていないかという点だ。遺留分とは法定相続人に対して、遺言によっても奪うことのできない遺産の一定割合の相続分のことをいう。相続人の誰かには財産を相続させたくないと遺言書を書くことがあるが、定められた遺留分まで侵害された場合、遺留分を上限に金銭を請求できる遺留分侵害額請求権が行使されることがある。こうなると、争いを防ぐために遺言を行ったにもかかわらず、円満に相続を終わらせることができなくなってしまう。そうした事態を防ぐにはできる限り遺留分は確実に残すよう指定した遺言書にすることが望ましい。
清水弁護士は「自身の判断だけで遺言書を作るのではなく、生前時に相続人も含めて話し合っておくことで家族が争わずに済むだろう。また、弁護士などの専門家にも相談し、疑義を生じさせない遺言を作ることも重要である」とコメントした。
≪清水弁護士のアドバイス≫
・遺言書は遺留分を侵害していないか注意
・生前に相続人も含めて遺産分割について話し合いを
MSみなと総合法律事務所
東京都港区
清水将博代表弁護士(42)
弁護士法人山村法律事務所、遺留分の現金準備
神奈川県弁護士会所属の弁護士法人山村法律事務所(神奈川県横浜市)の山村暢彦代表弁護士は「遺言書がなく相続でもめ、財産が凍結されることが一番怖い」と話す。
遺産分割協議が完了するまでの間は、被相続人が所有していたアパートの運営ができなくなるため、賃貸経営はストップし、賃料収入の引き出しができない、リフォームなどの対応も行えないといった弊害が出てくる。
それに対応するため、もめることも前提で遺言書を作るのも一つの手だという。19年7月1日に施行された改正相続法による遺留分制度の見直しにより、遺留分の支払いが金銭で行うことになり、不動産の権利に影響を与えなくなったのはメリットとみる。
相続させたい相続人にのみ財産を残す遺言書を作った場合、ほかの相続人は遺留分侵害額請求を行ったとしても、法定相続の半分以下の割合である遺留分侵害額のみを金銭で清算すれば終わる。もちろん、その場合は遺留分用の現金を事前に用意しておくことが必要になる。
遺留分用の現金確保のためには、所有不動産の売却が必要になることもあるが、物件を手放すのを嫌がるオーナーは多い。資産運用の目線から考え、売却で得た現金を株式や投資信託で運用する発想の切り替えも大切だ。
保険の活用も現金を用意するのには有効だ。死亡保険は被保険者が亡くなったときしか受け取れないが、相続人を保険の受取先に指定することで、保険金を凍結される相続財産とは別に相続人固有の財産にできる。
家主であれば、賃貸物件を誰に相続させるか、遺言書で指定しておけば運営を継続させることができる。また、現金がなくとも、まとまった不動産資産があれば、銀行から融資を受けて代償金や遺留分侵害額を支払い、アパート経営を維持することが可能になる。
山村弁護士は財産の7割を不動産、3割は投資信託や株など現金化しやすい金融資産としておくことを勧める。ただし、被相続人の死亡後は、現金や預貯金、株がいったん凍結されるのに注意したい。投資信託は変動することもあり、遺産を分けるタイミングでもめる可能性がある。亡くなる直前に現金化しておくか、保険を活用し、相続財産外で遺留分精算用の現金を確保するのがよいという。
山村弁護士は「遺言書は60~65歳の定年退職後、財産がある程度固定化されている時期に作るのを勧める。特に公正証書で作成した方がコストはかかるが遺言書が無効になる恐れが少ない」とコメントした。
≪山村弁護士のアドバイス≫
・遺留分支払い用の現金を用意しておく
・現金確保には株や投資信託のほか、死亡保険も活用できる
・争族で財産が凍結されると賃貸経営もストップするので注意
弁護士法人山村法律事務所
神奈川県横浜市
山村暢彦代表弁護士(35)
アルファ野口、理由付けで納得感
相続コンサルティングを行うアルファ野口(神奈川県川崎市)の野口賢次社長は、相続人となる、娘や息子の仲が悪いほど、信頼できる専門家と相談しながら、時間をかけて遺言書を作ることが重要だという。
争いを避けるためのポイントはいくつかある。まずはバランスの良い遺言書を作ることだ。とはいえ、平等に分割というのは難しい。そのため、なぜそのような分割にしたのか付言事項を付けることが重要だ。「お墓を守るから」「兄弟の内でも親の介護などで特別苦労したから」などといった理由付けだ。
そのうえで、公平に遺産を分割するよう遺言書で指定する。「公平と平等は違う」と野口社長は言う。法定相続分できっちり分けるのが平等だが、公平とは、子どもの寄与分や立場なども考慮することだ。法定相続分で分けずに相続させたいなどの場合は遺言書で指定する必要がある。
生前に資産の整理をしておくことも重要だ。不動産を売却したり、別の不動産に変えるなどして、分けやすい財産にしておきたい。
特に借地などは、借地権と底地の等価交換や、借地の買い取り、底地の売却などで整理しておくべきだという。
節税を気にするオーナーは多いが、節税対策で借金してまで物件を建てたり購入したりして、死後相続税を支払う現金がなく、相続人が慌てて物件を手放してしまうことが多い。
節税でより多く資産を残せても、争いになって兄弟・姉妹の縁が切れてしまう可能性を考えると、節税を考えるより遺産分割対策と納税対策を重視すべきだとする。
家主は、資産は多くてもそのほとんどが土地や借金付きの建物であることが多い。預貯金額を増やし、財産のバランスをよくすることで、遺産を分けやすくなり、納税もしやすくなる。
≪野口社長のアドバイス≫
・遺言書は信頼できる専門家と時間をかけて作成
・付言事項を記載し、公平な財産分割を
・節税対策よりも遺産分割対策や納税対策を重視すべき
アルファ野口
神奈川県川崎市
野口賢次社長(76)
(2022年3月14日4・5面に掲載)